ペア食器割っちゃった
「あっ!!」 背後から聞こえてきた声に、正守は顔を上げた。 「良守?」 持っていたペットボトルを冷蔵庫に戻すと、流し台の前で固まっている弟に近づく。ひょいとその肩越しにシンクの中を見てみると、洗いかけの食器の中にきれいに真っ二つになったグラスが見える。それは二人で暮らし始めた当初に買ったお揃いのフリーカップで、正守が使っている物だった。 「割れちゃったのか。怪我はないか?」 声をかけると良守が目に見えてビクリと震える。それから正守を見上げてきた良守の目には今にもこぼれそうなほど涙がたまっていた。 「兄貴・・・、ごめん・・・。」 涙ぐみながら謝られて正守は思わず苦笑する。 「気にするなよ。結構使ってたから気づかない内にヒビでも入ってたんだろう。陶器なんだから割れて当然なんだし。それより指を切ったりはしてないよな?」 そう言いながら正守は泡だらけの良守の手を取り水で流した。ガラスではなかったので怪我はしていないようだ。それにホッとしながら良守を見てみると、見るからにショボンとしている。 仕方ないな、と内心呟いて正守は割れたグラスを手に取った。烏森から離れて二人で暮らし始めてから、この家で術を使った事はない。ごく普通の暮らしの中に結界術は必要ないと思っていたのだが・・・。使える術はこういう時にこそ使うべきだろう。正守はグラスに力をこめた。久しぶりの修復術。まさか正守が術を使うとも思っていなかった良守が目を見開いて見つめる目前で、みるみるグラスが直っていく。 「こんなもんかな。」 ほら、と手渡されたグラスを手に取った良守が、少しだけ笑顔を見せたのに安心して、正守も微笑み返した。 だがその後も良守に微妙に元気が無かった。グラスそのものは元に戻っても、「記念に買ったグラスを割ってしまった」という事自体にショックをうけているらしい。記念の品を大事にしてくれる気持ちは嬉しいのだが、落ち込んでいる姿を見るのは心が痛む。 どうしたものかな〜と考えていた正守だったが、何気なく見ていたテレビのCMが目に入りこれだと思いついた。 それから学校の課題に目を通していた良守に声をかける。 「良守。明日ちょっと出かけないか?」 「明日?別にいいけど、どこに行くんだ?」 「それは着くまで内緒。あ〜明日晴れるといいな。」 正守のその言葉に、良守はちょっと不思議そうにしながらも頷いたのだった。 車で1時間半。正守の運転でたどり着いたのは、クラフトパークという名のところだった。小さなログハウス風の建物がいくつも建っていて、それぞれ色々な工作物の一日体験ができるらしい。 入り口で冊子をもらった正守は、早速開いて物色し始めた。 「なあなあ良守。お前どれやってみたい?」 目の前に冊子を広げられて、良守は冊子ではなく兄の顔を見上げた。昔から器用な正守だったが、あまり物に興味を持った事はない。どう考えても自分からこういう所に来たがる意味が分からなかった。 「兄貴。なんで今日ここに来たんだ?」 不思議そうに見上げてくる良守に正守は微笑むと、「お前に元気がなかったから」と答えた。 「お前きのう、カップ割って落ち込んでたから、今日は新しい記念の物をって思ったんだけど。まあどうせなら一緒に作れる物も良いかなって思ってさ。」 驚きで目を見開く良守の頭を撫でながら、あのカップ直した俺が言うのもなんだけどな、とちょっと照れたように正守は続ける。 「物はどうしたっていつか壊れる。だけどそれを選んだ時の嬉しい気持ちは残るだろう?あのカップを買った時、俺は良守と二人で暮らせる喜びでいっぱいでさ。柄にもなくドキドキしてたのを覚えてるよ。そういう思い出、たくさん作りたいんだ。」 「兄貴・・・。」 呆然としたように正守を呼ぶ良守に、照れ笑いのまま「こういうのって女々しいのかな?」と頬を掻く。それに良守はぶんぶんと首を振った。 「ありがとう、兄貴。」 顔を上げた良守は少し涙目になりながらも満面の笑みを浮かべる。その愛しさに抱きしめたい衝動にかられながらも、正守は良守の頭を一度くしゃりと撫でるとその手をひいてパークへと走り出した。 結局二人はシルバーアクセコーナーの携帯ストラップと電動ロクロの茶碗、そしてマグカップへの絵付け体験にチャレンジした。折角だからとお互いが作った物をお互いにプレゼントする事にする。 茶碗とマグカップは焼き上がり次第郵送されるというので、届いてからのお楽しみにと離れて絵付けした。 だから何を描いたのか、お互いまったく知らなかったのだがー。 2週間後届いたのは、2つの大きさの違う茶碗と2段重ねの苺のケーキの描かれたカップ、そして「愛妻」とやたら達筆な字で大きく書かれたカップだった。しかも裏には「オレ・よし」と相合い傘まで書いてある。 それを見た良守は真っ赤になって、「この馬鹿兄貴、何考えてんだよ信じられねー恥ずかしいヤツ!俺、こんなん使わねーからな!!」と怒鳴りまくっていたのだが。 誰もいない時に引っ張りだしてはこっそり使っている事を、正守だけが知っている。 |
2009.6.8