「これ、着てみてくれない?」
帰宅した正守を出迎えたらいきなり目の前に出された布。良守はそれを凝視した。白いそれは畳まれてはいるが何となく不穏な空気を醸し出している。見間違いじゃなきゃあのヒラヒラした部分はフリルと呼ばれる物じゃないだろうか。
白くてヒラヒラした、およそ男所帯には似合わないそれ。
「…これを俺に着ろって?」
「うん。良守なら似合うと思うんだよね。」
平然と言われた言葉に、良守の脳内で何かがブチリと切れた。
「似合うかぁ!俺は男だぞ!」
正守が持っていたのは紛れもなく白いエプロン、それもやたらとヒラヒラした可愛らしい物だ。所々細かく刺繍が入っている上にふんだんにあしらわれたレース、ポケット部分にサクランボのワンポイントがついている辺りがまた可愛さを増長している。どう考えても男が身につける類の物じゃない。ましてや間違ってもこんなの似合うはずもない。
怒鳴る良守に正守は首を傾げた。
「だってこういうの、父さんも着てたし。」
「うっ、そりゃそうだけど…。」
父親を持ち出されると言葉に詰まる。そういや父さんってば昔っからこういうヒラヒラの白エプロンだったけど、あれは本人の趣味なのかな。
「だけど父さんは父さん、俺は俺だろ!!着ねーからなそんなん!」
「えー、いいじゃん。試しに1回くらいさー。」
「試す必要ねーから。そもそもそれどうしたんだよ。」
まさか自分で買ったんじゃないだろうな、と良守は眉を顰めた。坊主頭の男がフリルエプロンを買う姿は想像したくない。だが幸いと言えるのか、正守が自ら買ったわけではなかったようだ。
「夜行のメンバーから貰ったんだよ。新婚祝いにって。」
「新婚祝い〜!?誰だ、そんな趣味の悪い祝いを寄こすヤツは。」
「お前もよく知ってるヤツだよ。亜十羅と、戦闘班の主要メンバー3人。」
巻緒と轟木と武光、と言われ良守も思い出した。確かに覚えのあるその名前。脳裏に浮かんだ3人の普段のおちゃらけた様子を考えると、この手のプレゼントを寄こしてきてもおかしくない。
それにしても亜十羅さんまでかよ。でもあの人こういうの好きそうだよな…。
項垂れる良守に正守がにこやかに言う。
「お祝いなんだから受け取らないと悪いしね。という訳でお前もありがたく受け取って着てみろ。」
「そんなんありがたくねーし。大体、受け取るのはともかく、本当に着る必要はないだろ!」
「受け取ったからには着なくちゃ駄目だろ。これお祝いだよ、お祝い。みんな俺達のこと祝福してくれてるっていうのにさ。お前ってそんなに不義理で薄情なヤツだったっけ?」
「う゛ぅ…っ!」
したり顔で言われて反論ができない。薄情と言われたって別に構わないけど、不義理と言われると何だか胸が痛むのは何故だろうか。こんなお祝い贈るようなヤツらに何て思われようと平気なはずなのに!
そんな良守をじっと見ながら、正守が最低な事を言い出した。
「せっかくだし、なんだったら裸エプロンでも良いけど。」
むしろ俺的に大歓迎、と両手を広げてカモーン状態を表現されても良守としては途方に暮れるしかない。
何がせっかくなんだ。なにが「裸エプロン『でも』」なんだ。良守的には条件が悪くなってるというのに。
だが、こんな事まで言い出す辺り正守は本気だ。ここで折れておかないと、本気でいつか裸エプロンを強要されそうな気がしてきた。例えばHの最中とか。最悪すぎる。
何故俺が折れないといけないのかという理不尽さは感じるけれど、兄に割と変なところがある事は承知していて結婚したのは良守だ。
あばたもえくぼって言うけど、あばた程度ならかわいいもんだよな…。
「あーもう、着ればいいんだろ、着れば。」
良守がどこか悟りの境地で大きな溜息をついた後白いエプロンに手を伸ばすと、正守が目に見えて喜色満面の笑みを浮かべる。
「え、着てくれるんだ。やっぱり良守は優しいなぁ。」
「仕方ねーだろ。兄貴諦めそうにないし。不毛な言い合いしてるより着ちまった方が早い。」
「はは、そういう点、良守って男らしいよね。」
にこにこ、にこにこ。普段端正で男らしいと評される顔を崩した姿は、いつもならかわいいと思えるのかもしれないけど今はそう思えなかった。何だか力が抜けるだけだ。
ヤケクソとばかりにパサリと音を立てて頭からエプロンを被る。ウエストのリボンも適当に後ろで結ぶと、どうだと胸を張ってみせた。
「わー、やっぱ似合う似合う。可愛いよ良守。」
そう嬉しそうに手を叩きながら言う正守に、良守は頬を引き攣らせた。兄が本気で言っているのが分かる辺りが返って痛さを増している。
普段なら正守に可愛いと言われると、俺だって男なんだから嬉しくないと言いつつも本当はちょっとだけ嬉しかったりするんだけど、今日だけは別だった。嬉しさよりも我が身の情けなさに泣けてくる。十八にもなった男の白いフリフリエプロン姿ってどうなんだろう。
そうかわかった。父さんがあのエプロンをつけてたのは、父さんの趣味じゃない。きっと母さんだ。母さんの趣味でプレゼントされたに違いない。父さんは母さんのプレゼントだから喜んでつけてるんだ。そして間違いなく兄は母親似だ。
昔っから行動が謎に包まれてる所とか、人をオモチャにする所とか、似なくていい所がよく似てるんだよこの二人はっ!!
脱力しきった良守の耳に、兄のとんでもない台詞が入ってくる。
「あとさ、春日さんが今度チャイナ服くれるって。貰ったんだけどちょっとサイズ大きかったし仕舞いっぱなしで着ないからってさ。『良守君なら似合うんじゃない?』って言ってたけど、春日さんも意外にマニアックだよねー。」
あはは、と楽しげに笑いながら言う正守に、本気で夜行を滅したくなった良守だった。
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