口を開けばのろけの嵐





「閃ちゃん、これどうする?もういらないよね?」
「あ〜そうだな〜。」

秀の手にあったそれを見て、閃は頬を掻いた。ずいぶんと懐かしい気がするそれは、昔の任務で派遣されていた学校の制服だ。
ちょっと他とは違う特別な所だったのでなかなか感慨深い。だからといって制服など、取っておくような物でもないだろう。
ゴミ袋に入れようとしたその時、二人の背後から声がかかった。

「あれ、何やってんの。」
「頭領!!」

開け放たれた部屋の入り口にいたのは、彼らの上司であり、この夜行の頭領である正守だった。
だが最近は住居を別に持ち、打ち合わせと仕事以外はそちらに帰ってしまう正守が、真っ昼間にこうして夜行内にいる事は結構珍しい。

「僕ら、部屋替えになるんです。それで引っ越しついでに要らない物を処分しようと思って。」
「ああ、二人部屋になるんだっけ。引っ越しって物を捨てる良い機会だよね。」

そう言った正守は、秀が手にした学制服に気づいた。

「それって烏森学園の?」
「あ、はい。さすがにもう要らないかなって・・・。」
「・・・そうだね。もう、あそこに誰かがいくことはないだろうな。」

烏森は何もなくなったから。と正守は少し懐かしむような、複雑な表情になった。



烏森が封印されて1年が経つ。様々な苦しみと人々の嘆きを飲み込んで裏会が新たに始動してからも同じだけの時が過ぎた。もう1年とも、わずか1年とも言える。
烏森と関わった時間の短かった閃でもあの土地には未だに複雑な思いがあるのだ。因縁浅からぬ正守はもっとだろう。

色々と思い出させてしまっただろうか、と気遣わしげに正守を見た閃だったが、当の正守はじーっと制服を見ていていたかと思うと、顎に手を当て首を捻り始めた。

「あ、あの頭領、どうかしましたか?」

不思議そうに声をかけた秀に、正守が真面目な顔で言う。

「うん。ふとね、良守はもう制服捨てちゃったのかな〜って思って。」
「え。」

意味が分からないでいる秀と閃に構わず、正守は半ば自分の考えに没頭しているようだ。

「良守って学ラン似合ってたと思うんだよね。もちろん結界師の正装も凄く似合ってたんだけど、制服とかああいう黒の和服姿ってストイックな雰囲気あって良いと思わない?普段がやったら可愛いだけに、ああいう姿もソソられるっていうか。そもそも似合ってたのに着ないのってもったいないって思うんだよね〜。」
「・・・はあ。」
「実家に置いてるのかな。父さんは捨てないと思うんだけど、どうだろう。」
「どうでしょうね・・・。」

確かにあのマメな性格の父親なら、そういうのは取っておきそうな気がする。というか今もの凄く腐った言葉を聞いた気がするのは気のせいだろうか。
良守とて、制服も正装も必要無くなったから着ないだけだろう。当然だ。卒業したのに制服着てたらそっちの方がおかしい。なのにもったいないって何だ。捨てられてなければどうする気なんだ。

目の前の人物は確か、閃達がもっとも尊敬すべき頭領・・・だったはずなのだが、何だか自信がなくなってきた。
混乱し始めた閃達の周囲にひやりと冷気が漂った。同時に刃鳥、と振り向いた正守の顔が少々引きつる。そこにいたのは能面のように表情を殺した副長の姿だった。

「頭領。そろそろ休憩時間は終わりのはずですが。決済の書類を終わらせていただかないと、家には帰れませんよ。」
「え、待ってよ。すぐ終わらせるから。急にこっちに泊まったりしたら良守が寂しがるだろう。」
「ご心配なさらなくても、良守君からは『兄貴がサボるようなら閉じこめて縛り付けてでも仕事させてください。こっちは2〜3日大丈夫です』と了解をもらってます。」
「ちょっと待って。なんでいつの間に二人の間で取引成立してるの。っていうか2〜3日とか冗談じゃないし。」
「冗談ですませたいのなら、さっさと部屋に戻ってください。それから頭領の趣味趣向に文句をいうつもりはありませんが、あまりこの夜行内で爛れた事を仰らないように。若い者の脳と耳が穢れます。」
「そんな人をまるで病原菌みたいに。大体別にそんな爛れた事は言ってないよ。男だったら誰しも持つ願望っていうかさ。」

な、閃。なんてこっちに振られてもどう同意しろというのか。ああ、副長から漂う空気が怖い。

「ですからそういう事をこの夜行内で仰らないでいただきたいと申し上げたはずですが。」
「わ、刃鳥それは止めようよ。右手下ろして、危ないだろう。」

ノンブレスで言い切った刃鳥の、戦闘態勢に入った右手を慌てて正守は止めた。すると刃鳥は無造作に正守の袖を掴み行きますよと引っ張っていく。それを呆然と見送っていた二人だったが、しばらくしてから秀がポツリと呟いた。

「ねえ、閃ちゃん。」
「なんだ?」
「夜行って平和だね。」
「・・・そうだな。」

気の抜けたように返事する閃に、でもこれって良いことなんだよねと、秀は笑いながら言う。確かにな、と返しながら、閃はきっとその内制服を着させられるであろう良守に内心同情しながら、荷物の片づけを再開した。


2009.4.16

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