やっぱり家は良いなぁ、とお茶をすすりながら正守は思った。この10日間は家を留守にしていたから尚更だ。
良守と二人で暮らし始めてから、こんなに長く家を留守にした事は今までなかった。夜行は安定していて以前よりも正守の負担も少なくなっていたし、だからこそ本拠地を離れる事もできたのだ。だが今回の仕事は多少厄介だったので最初から正守が陣頭指揮を執った。その甲斐もあって予定よりは3日早く帰る事ができたのだが、それでも長く家を空けた事には変わりない。
家に帰ると良守は、正守の予定よりも早い帰宅を喜んでくれた。人里離れた山の中に泊まり込んでの仕事の場合、食事は携帯食やごく簡単な物ばかりになる。それを知っている良守は、今夜は何でも作ってやると言って、先ほどから張り切って台所にこもっていた。
鼻歌を歌いながら機嫌良さげに料理を作る良守の後ろ姿を眺め、正守は微笑んだ。
その晩の食事は豪勢だった。正守の好物ばかりが並ぶ食卓。元からお菓子作りは得意だった良守だったが、二人で暮らすようになってからはめきめきと料理の腕も上がっていった。正守の好物は特に。その影でどれだけの努力があったのだろうか。
こういうちょっとした事が、どれだけ大切に思ってくれているかの証のようで愛おしい。普段何も言わなくても伝わってくる想いがあるのが嬉しい。
うまい、と褒めると良守が頬を染め喜んだ。そんな姿を眺めながら、つい、可愛いなぁ、と和んでしまう。
今回の任務は時間はかかったがそれほど危険なものだったわけではない。だが10日良守に会えなかったというのは、思ったよりも正守にとってキツいことだったらしい。以前なら数ヶ月会えない時だってあったのに・・・そう思うと自分の欲深さと調子良さに苦笑するしかない。ほんの10日がこんなにも堪えるとは自分でも思わなかった。
「あ〜食った。久々にがっつり食った気がする!」
伸びをしながら満足そうに言う良守の台詞に、微妙に引っかかりを覚えつつ正守も頷いた。
「ほんとうまかったよ。もう腹いっぱいだ。」
正守の言葉に良守は楽しげに笑うと、茶碗を片づけ始めた。それを手伝おうとしたら良守に止められる。
「兄貴はゆっくりしてろよ。あ、一応デザートもあるんだけどまだ入らないよな。後で食う?」
「う〜ん、そうだなぁ。」
どうしようかと曖昧な返事をしつつ、せめてテーブルくらいは拭いて布巾を台所へ持っていくと、茶碗を洗っていた良守が振り向いた。
「ゆっくりしてろって言ったろ。」
唇を尖らせる良守。正守よりも少しだけ下にある顔が上目遣いで見上げてくる姿は可愛らしく、どうみても誘っているとしか思えない。
良守の体越しに蛇口を捻り水を止める。不思議そうな顔をする良守の腰に手を回した。掬うように良守の体を抱えあげるとさっさと台所を後にする。
「おい兄貴!?いきなりどうしたんだよ!!」
寝室のドアを開けた所で、まだ片づけがすんでねー!と柱を掴んで慌てる良守を正守は抱え直す。
「片づけなら俺がやるから、今はこっちに付き合ってよ。」
「こっちにって、な、なんで急に・・・。」
『こっち』の意味が分かった良守の頬が薄紅色に染まる。それに指を這わせながら正守はうっすら笑った。
「デザートよりも先にメインディッシュ食べないと、ディナーが先に進まないだろ?」
「メ、メインディッシュって・・・!!」
「うん、お前。10日も触れてなかったんだもんな〜。ここまで我慢した自分を褒めてやりたいくらいだよ、俺。」
それにさ、と正守はチラリと台所の方向へと目をやった。
「さっきお前、『久しぶりにがっつり食った気がする』って言ったよな。もしかして俺がいない間、あんまり食べてなかったんじゃないの?」
少し軽くなってると抱えた腕を揺らしながら言われて、良守は慌てて正守にしがみついた。
「それは、一人だと作るの面倒でつい適当なもんですませちまってたからで・・・。別に深い意味はないんだからなっ!」
「ふ〜ん。寂しくて食べる気がしなかったのかと思ったんだけど。」
「そんなはずないだろ。俺をいくつだと思ってるんだよ。」
「いくつだろうと関係ないよ。俺は寂しかったから。」
正守の言葉に良守が目を見開いて固まった。そんな良守を見ながら正守はもう一度言う。
「寂しかったよ。だから良守にたくさん触りたい。」
何の衒いもないその言葉に、良守の体から力が抜け柱を掴んでいた手が落ちる。
「・・・ずりぃ。そーいうの言わないようにって、ずっと我慢してたのに。」
良守はギュッと正守の頭にしがみつくと、ほんとは俺も寂しかった、と小さく呟いた。それは正守の耳にも微かに届くかどうかというくらいの囁きだったが確かに聞こえた。
正守の弟は強がりで意地っ張りだが、本当はとても甘えたがり屋で寂しがり屋の、世界でただ一人の可愛い恋人兼奥さんだ。
そんな可愛い良守と二人で暮らせる喜びを改めて噛みしめながら、寂しい思いをさせたお詫びをじっくり体で返そうと思う正守だった。
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